シンゾーさんからのおたより-その14

   
2004.11

みなさん
しばらくご無沙汰しております。お元気ですか。

2004年11月3日、朝日新聞に台湾新幹線の記事がのりました。ご存知の方もおられると思いますが、関係者のひとりとして新聞が書けない本当のところをお伝えしたいと思います。(新聞記事を見る)

10月25日から予定されていた新幹線の試験区間(南の高雄側60km)への入線試験は12月29日?に延期となりました。信号や電力関連の設計がかなり遅れていますので、計画のスケジュールでは相当無理があったわけですが、問題は今後さらにどの位 遅れるか、という点です。鉄道設備は大きく分けて、軌道とコアー(軌道より上部)の部分とがありますが、コアーの中でも信号や受電設備の設計・建設の遅れが目立っています。

新幹線は日本の高速鉄道の代名詞です。JRの設計通 りに行けば何も難しいことはありません。が、前にも書いたように、台湾新幹線は生まれと育ちがよくありません。このプロジェクトはもともとドイツが最初受注していたものを、地震対策や無事故の実績を考慮して当時の李登輝総統のツルの一声で日本の新幹線方式に変更しました。このため、台湾高鉄はドイツからは国際裁判所に訴えられ、その結果 ペナルティを支払うことになりました。そして、ここまでこじれるもとになったのは、ヨーロッパの高速鉄道の仕様書(これをスペックという、Specificationの略)がそのまま残ってしまったからです。

台湾高鉄の内部にはヨーロッパの人間がコンサルタントとして多数働いています。しかし、彼らはスペック通 りになっているか、またはスペック違反の場合は日本の方がすぐれているというデータを示せとかで、このやりとりに多大な時間を要しています。軌道部品もスラブや締結装置などの日本製は強度試験、疲労破壊試験を台湾大学に依頼しました。

プロジェクトのやり方はさまざまですが、台湾高鉄の特異性は”SONO" (State Of No Objection、異議なし)をとることが決められていて、”承認”ではないという点です。そして、共同で一日でも早くいい品質のものを完成し、営業運転にもって行きたいという熱意が台湾高鉄にみられない点です。うがった見方をすれば、ナンダカンダと難癖をつけて、”SONO"を先延ばしし、先ほどのペナルティを契約者にしわ寄せしようとしているのかも。ここに至って信号のエンジニアはまだ詳細設計に30人追加投入する必要がある、と言っています。工事図面 で”SONO"がとれず、工事材料が拾えない状況にまで至っています。

新幹線のやり方ではどうしてもスペックをクリアできない部分があり、このためドイツの方式を採用した所と新幹線方式の所の混在したシステムになりました。これをベストミックスと言っているようですが、大体生まれも育ちも違うものを一緒にしたところではたしていいものが出来るかどうかは疑問です。一番論議を呼んだ「単線双方向運転」などはその典型です。ヨーロッパでは駅間距離が長く、走行頻度も高くないので保守を行う場合は上り線から反対の下り線(またはこの逆)へ、列車を迂回走行をさせて行います。このため、同じ線路上を逆方向に走行する時間帯があります。へたをすると正面 衝突する危険性を孕んでおり、台湾の運行計画からするとJRとしては絶対に譲れないところです。当然信号系統が日本より複雑になります。

軌道部分ではこれを実現するために上下線の渡りの分岐器の分岐側の通 過速度を高める必要があり、160km/h走行可能なドイツのBWG社のもの(32番)を採用することになりました。ちなみに日本では側線に入る時には分岐器(18番)で70km/hに速度を落とすようになっており、唯一高崎駅には160km/h走行可能な分岐器(38番)が一台あるだけです。このため、単純な直線部分は日本のスラブ軌道ですが、分岐器のある駅の周りの軌道はフライデラ社(Pfleiderer)のレーダスラブ(Rheda)軌道になりました。しかし高架上に敷設したレーダスラブ軌道はフライデラ社として初めての設計です。もともと平地の多いヨーロッパでは高架にする必要はありませんし、また350km区間(日本で言えば東京ー名古屋間)でそういう双方向運転が必要というわけでもありません。

異なるものを導入すれば、それだけ保守にはコストがかかります。台湾人は技術的には素人ですから、スペックに記載されている、また自分が雇ったコンサルタントからこれは必要と言われたら、反対できないのが実態でしょう。悪くても、コンサルタントに頼らざるを得ない。スペックも、コンサルタントも、メーカもヨーロッパで、JRの支援が得られない中で何とかペナルティを払わずに2006年2月の営業運転にもっていけないか、もがいているのが実情です。

無駄使いの代表例として、分岐器のモニタリング装置というのがあります。分岐器の寿命が延びるというのが目的だそうですが、JRによるとまったく必要ないとのコメント。安全運行に必要な分岐器の転換検知装置は全く別 物で信号の一部として台湾でもついています。メーカのジーメンスに肩入れしたかどうかは知りませんが、スペックに入っているから設置したというのが実態です。

逆に安全走行に必要なものに、列車動揺を検知する装置があり、日本では必ず設置されていますが、なぜか台湾の列車には搭載されていません。日本では上下および左右でそれぞれ0.45gおよび0.35gを超える振動を検知すると、瞬時に中央指令まで情報が入り走行速度を規制するようになっています。

保安装置も新潟の地震でクローズアップしました。「ユレダス」というシステムがあり、地震のゆれ始めの初期振動(縦波)で捉えると同時にその地震が危険なものか否かを判断して警報を出す世界で初めてのインテリジェント地震警報です。こための検知器として東京〜大阪間では沿線25箇所の変電所内に感震器が設置してあります。P波(縦波)の伝播速度8km/sと本振動S波(横波)の伝播速度4km/sの差を利用して先手を打つためのものです。しかし、台湾にはユレダスに相当するシステムはついていません。 困ったことにこのユレダスも直下型地震や震源地が近い場合は効果がないということも今回証明されました。

新潟中越地震の被害では今後の安全対策で種々の教訓を残しました。過去40年間無事故という実績から妙な安全神話が出来上がっていますが、僕は幸運だったのではないか、と思っております。兵庫地震は列車が走っていない早朝のことでした。新潟中越地震の場合は列車の運行回数が少ない上越新幹線でした。5分間隔で運行されている東海道でもし直下型地震に見舞われたら大惨事になるはずです。列車が脱線し、反対車線に出たとき、正面 衝突する危険性があります。非常ブレーキをかけても停止まで2.5km、目視で障害物を検知したとしてももう手遅れです。300km/hの速度では一秒間に80mは走ります。上越新幹線の軌道は高架橋上のスラブ軌道でしたが、これは昔のタイプで台湾新幹線では九州新幹線と同じく、スラブの真ん中に穴があいています。これは軽量 化し、スラブの熱によるそり、まがりを防ぐためですが、明らかに安全面 からは後退したものといえるのではないか。

まだある。高架橋工事やトンネルなどの土木工事は今回の新幹線の契約とは別 で、日本、韓国、台湾の多数のゼネコンによる分割工事になっていますが、高架橋の桁が複数箇所で沈下しています。大きいところは160mmも沈下した所があり、今後この沈下が果 たして止まるのかどうか。

僕は一番手離れの悪いメンテナンスとそのトレーニングを担当しています。中国人は往々にして目先の利益を考えて行動する傾向があるようです。メンテナンスは一朝一夕に出来るものではありません。夜間作業の、しかも地味な作業で、もし手抜き工事やうその報告があがったらどうなるのか。前例がある。あのSARSの時は患者はいないとWHOにうその報告があがった。病院の院長も虚偽の報告。これらを踏まえて、僕は営業運転になったら乗りませんよ。

世界に高速鉄道を導入した国は開発国の独(ICE)、仏(TGV)、日(新幹線)を除いてはスペイン、韓国(TGV)がありますが、Madrid-Barcelona線は開業が一年遅れ、しかも最高速度350km/hの予定が200km/h、また当初計画より5年遅れて本年開業した韓国KTXもまた同程度の走行にとどまっている。果 たして台湾高鉄はどうなるか?

▲台湾新幹線700T系は川崎重工製 ▲Rhedaは向かって向こうがわ、J-slabは手前がわ。これはトレーニング用に 仮に敷設されたもの。
▲こちらのJ-slabの方がわかりやすいか? ▲保守基地内の新幹線
▲J-slabの全体はとり下ろし作業のものをとったもの。わかるでしょうか?

来月はドイツで分岐器等のメンテナンスの実態を見学する予定です。幸いにもICEに乗る機会もあり、300km/hでの走行も体験できそう。乞うご期待。

今回はまじめな話でした。でも安全は絶対におろそかにできません。

再見

2004年11月

2004.11(c)Shinzo

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