Dubai report from Sinzo-11

2009.7 

 サラム・アレイコム

皆さんお元気ですかあ。

 早いもので、ドバイへ来て1年になります。ぼくの担当のドバイメトロの運転と保守のトレーニングは1月より開始し、7月中旬で約8割を終了したところです。相手はドバイ道路・交通局(RTA)と業務契約をしている英国籍のSercoという会社。世界的に種々のプロジェクトのオペレーションズ、メンテナンスを手がけている。しかし、同僚のイギリス人によると、安い作業員を雇った結果、品質があまりよくないことで本国では有名なんだとか。
 ドバイのSerco、ここでもインド、フィリピン、タイ、マレーシア等から安価な労働力を調達した寄せ集めの集団です。鉄道の保守には個人のパフォーマンスは要りません。必要なのはチームワークです。言葉も、文化も、経験も違う人間を使い、どうやって安全と作業品質を確保するのか。ぼくの見たところ、これは簡単にはいきませんね。インド人は自尊心が強いし、出稼ぎの性でしょうか、自分の非を容易には認めようとしません。問題なのは、自分に都合の悪い場合は報告してこないんです。フィリピン人は宗主国が米国のせいか、日本人と相性がいいのですが、管理者としては役不足。そして、その上のマネージャはイギリス人です。彼らはあまり現場に出てきません。ぼくは、こういう状況を鑑み、安全に対するトレーニングを実施することにしました。
 過去の壊滅的な事故の例を調査して、すべてがヒューマンエラーであることを再認識しました。1986年1月のスペースシャトルの空中爆発は、液体水素の容器に使われているOリングの破損が直接の原因ですが、温度が低いとクラックが入りやすい欠点があった。メーカもエンジニアもその欠陥を何年も前から知っていた。打ち上げ当日は気温が特に低くなり、現場の責任者は打ち上げを延期するよう求めたが、組織の長まで報告が上がることはなかった。大統領事故調査委員会はコミュニケーション・ミスが原因と結論づけた。
 1998年6月のドイツ高速鉄道の脱線衝突事故は車輪に取り付けられたゴム製の緩衝材が破損したのが直接の原因。しかし、この構造は市内を走行する軽量軌道に採用されていたもので、確認試験なしでそのまま高速鉄道に適用した。事故がおきる2時間前、異音を検知して臨時停車しているが、検査はどうだったのか。102人死亡。
 また、2006年9月、ドイツリニア試験線での作業車との衝突事故は作業車にリニアカーが200km/hで激突した。リニアカーは無人運転だが、作業車が退避線に移動する前に発車スイッチが押された。現場からは、作業車に保安装置をつけるよう要求があったが、試験線という理由で設置されることはなかった。犠牲者23人。
 そして2005年4月、JR民営化後初の大事故。107人の犠牲者を出した福知山線での脱線。これらは、単一の原因で突然起こったものではないことが分かる。最初は小さな不具合が発生する。しかし、問題が正しく認識されることなく、長期間放置される。その後小さな事故が起こるが、この原因の究明と対策が不十分の結果、あとで重大事故に結びつく。民営化したといってもJRの官僚構造が背景にある。遅延したら懲罰的な日勤教育、余裕のないダイヤ作成、長期間に亘って日常化した速度超過運転、一駅前でのオーバーランによる遅れ、ATC設置の遅れ等、このうち、ひとつでも要因が排除されていたら、今回の事故は起こらなかったかもしれない。

 話は変わる。台湾新幹線、そしてドバイメトロとド素人のぼくも軌道についてはいろいろ学んだ。そして、ここに来て、本当に日本の鉄道技術は世界に売れるのか、というギモンが湧いてきた。レールや車両には世界のマーケットでも優位性がある。特に車輪は住友金属が世界の7割のシェアをもっている。軌道部品は果たしてどうか。ドバイの分岐器はCogifer(仏)製。何が違うのか、ぼくの独断と偏見で分岐器について整理してみました。 

項目

日本

Cogifer社(仏)

BWG社(独)

構造

フィシュプレートによる
組み立て式
(ボルトと当て板を使用)

溶接構造    
  (クロッシング部はマンガン鋼とレール鋼の特殊溶接)

溶接構造

クロッシング部の材質

マンガン鋼

マンガン鋼

レール鋼

分岐器番数
(分岐側での高速走行速度)

〜18番(70km/h)
(例外:高崎駅38番)

〜48番(>160km/h)

 分岐器のクロッシング部は車両の走行方向を変える重要なものです。ここが車輪との接触で破損したら、即重大事故につながります。マンガン鋼はマンガンを11〜13%含んでおり、ねばりがある。多少傷があっても即破損まではいきません。Cogifer社ではこのマンガン鋼とレール鋼とを溶接しています。溶接の専門家に尋ねると次のような返事がありました。

@溶接マンガンクロッシングはフランス等の欧州では1985年頃から実用化した。
Aマンガンクロッシングとレールの溶接は工場内で下記の方法で行う。 
・まず、中間材として、ステンレス鋼レールを普通のレールとフラッシュ溶接する。
・ステンレス鋼レールを20mm程度残して切断する。
・ステンレス鋼が20mm程度ついた普通レールをマンガンクロッシングとフラッシュ溶接する。(下の写真で10mm弱の幅で白く見える部分がステンレスの介在部)
B使用する溶接機は、溶接マンガンクロッシング製作専用のもの、たとえば シュラッター社製GAA10
C日本でも5年ほど前、フラッシュ溶接部の性能を評価し、普通レールのテルミット溶接部と同等の性能が確保されていることを確認した。

Cogifer 分岐器(1:6)のクロッシング部 番数(n)= b/a
この分岐器は保守基地内の低速用分岐のため、ノーズ部は固定ですが、番数12番以上の高速になると、ノーズは可動となり転轍機で切り替えます。

溶接部詳細

 BWG社のものについてはレール鋼同士の溶接ですから、溶接に関しては技術的な問題はありません。しかし、レール鋼はマンガン鋼より靱性が劣るため、BWG社の高速分岐には車輪とノーズが直接ぶつからないよう、ノーズ部を接着相手のレールの下側に押さえ込む機構がついています。フラッシュ溶接はレールとレールを近づけ、そこに高電流を流す。溶けたところで、圧着し、バリをとれば完成。レール溶接について、詳しく知りたい向きは、台湾バージョンその21を参照して下さい。
 何故、溶接構造にこだわるのか。最大の目的は保守点検作業の簡素化にあります。ボルトで接続した場合は緩み等、定期的に検査する必要があります。
 次に設計上大きく違うのが高速分岐の必要性です。ぼくの考えでは、これは地形による差だと思いますね。東海道、山陽新幹線は一直線上に主要都市があります。これに対し、ヨーロッパでは殆どが平野で都市が面で広がっています。駅間も遠く離れています。日本でも、高崎のように長野新幹線と上越新幹線の分岐点には38番の高速分岐が日本で唯一敷設されています。そして歴史的に、ヨーロッパでは列車は機関車で引っ張っていく方式から発達したという点だろうと思います。機関車は重く、簡単に速度を変えることができませんから。
 これらを踏まえて、ブラジルの高速鉄道はどうか。日本で独自の発展を遂げた高速鉄道技術は、それなりに意味がありますが、鉄道コンサルティングについては、欧州の方に一日の長があります。世界のマーケットを視野に入れてビジネスをしている欧州勢と日本のマーケットだけを見ている日本のメーカの違いもある。JRの言う通りにやっておけば、確実に部品の発注がありますからね。新幹線でみた保守体制と検査周期が海外で確保できるのか。レール溶接も溶接棒を使ったエンクローズド・アーク溶接に対し、高度な技術が不要で簡単な、テルミット溶接が一般的です。テルミット溶接は在来線では使われているのに、なぜか新幹線では採用されていません。ある識者はこういう状態をガラパゴス現象と揶揄していました。世界の鉄道建設ビジネスは、今後有望な分野ですが、いいものは世界から調達し、日本のメーカも切磋琢磨して、世界の市場へ出ていって欲しいと思う。

 参考のため、軌道構造について建設中の写真を載せました。
 ここの軌道は強いて言えばプリンス軌道というのでしょうか。プリンセスの旦那のことではありません。Plinth(コンクリート製の台座)です。Baseplateの上に固いゴム状のシートを敷き、これを弾性体とした直結軌道です。

1)プリンス軌道の敷設
サポート(黄色の部材)でレールの位置決め(ゲージとカント)を行う
ゲージ:軌間
カント:左右のレールの高低差(曲線部での走行速度と曲線半径により決まる)
2)レールと締結装置をセットしたところ
3)Baseplateの下までコンクリートを打つ
4)正規のBaseplateに替え、ボルトでBaseplateを固定
5)締結装置詳細
6)敷設後の高架橋の上


 今回は鉄っちゃん、軌道アドバンスト編でした。

マ・サラマ

2009年7月

P.S. 日本の政治も変わることができるか。黒船が浦賀に来たのが1853年。そして15年後、江戸幕府は崩壊した。1993年の新生党発足から今年は16年目です。7月19日、地元のKhaleej Timesは「日本はカオスに入った」と報じました。

(C) 2009 Shinzo

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